スペースシードホールディングスと岐阜大学は2026年9月22日、宇宙飛行の前後でヒトの血液に起きる遺伝子の働きの変化を、逆向きに動かす可能性がある海藻由来の成分として8物質を絞り込んだと発表しました。
この結果は、宇宙滞在が体に与える影響を和らげる食品やサプリメントを開発する際に、どの成分から実験で確かめるかを決めるための材料になります。
解析は公開データベースだけを使った計算によるもので、実験での検証はこれからです。
3行で分かるポイント
- 宇宙飛行士6人の血液データと海藻成分の情報を照らし合わせ、宇宙飛行による遺伝子の働きの変化と逆向きの変化を起こしうる候補として8物質を選び出しました。
- 宇宙滞在が体に与える影響を和らげる食品やサプリメントを作る際に、実験でどの成分から確かめるかを決める材料になります。
- 公開データだけを使った計算上の絞り込みで、人に効くか、安全か、食品に配合できるかはまだ分かっていません。
まず押さえたい背景
スペースシードホールディングス(以下、スペースシードHD)は、東京都港区に本社を置く2024年1月設立の会社です。
宇宙関連の先端技術から新しい事業を立ち上げる「ベンチャービルダー」を名乗っています(出典:スペースシードホールディングス「会社概要」)。
AIで宇宙実験を自動化する基盤「Space Agent」の研究開発のほか、微細藻類を使った健康食品ブランドなどを手がけています。
代表取締役の鈴木健吾氏は、ユーグレナの共同創業者で元CTO(最高技術責任者)です。
岐阜大学は岐阜市にある国立大学で、名古屋大学とともに国立大学法人東海国立大学機構が運営しています(出典:岐阜大学「大学概要」)。
このニュースを読むには「遺伝子発現」の理解が必要です。
細胞は、DNAに書かれた遺伝子のうち、必要なものを必要な量だけ読み出してタンパク質を作ります。
どの遺伝子がどれだけ読み出されているかを「遺伝子発現」と呼びます。
環境が変わると、この読み出し量が増えたり減ったりします。
スペースシードHDは、宇宙空間での滞在がヒトの体に、老化と共通する特徴をもつ変化を引き起こすことが知られていると説明しています。
そのうえで、この影響を和らげる食品やサプリメントの開発が期待されていると位置づけています。
何が発表されたか
研究チームは、分野の異なる3つの公開データベースを組み合わせました(出典:スペースシードホールディングス「スペースシードホールディングスと岐阜大学、宇宙飛行に伴う遺伝子発現の変化を逆転させる可能性のある海藻由来成分8物質を探索」PR TIMES)。
- 海藻に含まれる成分をまとめた「SWMD」(1,191件のレコードを使用)
- 化合物を培養細胞に加えたときの遺伝子発現の変化を記録した「CIGS」(1万3,221化合物、3,407遺伝子)
- NASAが公開する宇宙飛行士6人(男性4人、女性2人)の血液の遺伝子発現データ(打ち上げ10日前と帰還直後を比較)
まず、宇宙飛行の前後で統計的に意味のある変化をした遺伝子を11個選びました。
DNAの傷を直す働き、タンパク質の形を整える働き、酸化ストレス(体内で生じる活性酸素による負担)への対応に関わる遺伝子です。
次に、SWMDの海藻成分とCIGSの化合物を名前で照合し、両方に載っている8物質を特定しました。
最後に、CIGSで測定されている10遺伝子について、各物質が起こす変化の向きが宇宙飛行による変化と逆になる数を数えました。
データベースどうしや化合物名の照合、スコア計算までの一連の処理を組み立てて実行する工程に、生成AIを使っています。
8物質はアピゲニン、コレステロール、フコステロール、フコキサンチン、フィトール、プロトカテクアルデヒド、スチグマステロール、バニリンです。
最もスコアが高かったのはスチグマステロールで、培養細胞HEK293Tでは10遺伝子中7遺伝子が逆向きに変化しました。
海藻に特徴的な成分であるフコキサンチンなど4物質は、10遺伝子中6遺伝子でした。
使う細胞の種類によって結果が異なることも確認されています。
この成果は、2026年8月19日にマレーシアのサンウェイ大学で開かれた藻類の国際会議「Global Algae Summit 2026」でポスター発表されました。
宇宙業界にとっての意味
宇宙に長く滞在する人の健康をどう守るかは、有人宇宙活動の課題です。
食品やサプリメントで対策しようとすると、膨大な数の候補成分から、実験で試す成分を選ぶ必要があります。
今回の手法は、すでに公開されているデータだけを使い、その候補を計算で8物質まで絞り込みました。
鈴木氏は、生成AIを使うことで、この工程を効率的に進められたとコメントしています。
AIによる宇宙実験の自動化や、藻類を使った健康食品は、スペースシードHDが事業として掲げている分野でもあります。
ただし、今回の結果の意味は限られています。
スペースシードHDは、今回の結果は実験の優先順位を決めるための探索的なもので、人での有効性や安全性、食品への配合の可否を示すものではないと明記しています。
対象の11遺伝子はストレス応答に関わる遺伝子で、老化に特有の遺伝子の組み合わせではありません。
そのため、候補物質に老化を抑える作用があるとは判断できないとも説明しています。
今後の注目点
次の段階は、実際の細胞を使った実験です。
スペースシードHDは、候補物質の濃度や処理時間を変えたときの遺伝子発現の変化を確かめ、qPCRやRNA-seq(遺伝子の読み出し量を測る実験手法)で測り直して再現性を評価するとしています。
血液中の白血球の一部(末梢血単核球)や、血管の内側を覆う細胞を使った検証も予定しています。
複数の公開データセットで結果が一貫するかの評価も計画に含まれます。
食品への応用を検討する段階では、含有量や抽出物の純度、成分の安定性、許容できる摂取量などを別に評価する必要があるとしています。
細胞の種類で結果が変わった点が、実験でどう出るかも注目点です。
出典
- スペースシードホールディングス「スペースシードホールディングスと岐阜大学、宇宙飛行に伴う遺伝子発現の変化を逆転させる可能性のある海藻由来成分8物質を探索」PR TIMES
- スペースシードホールディングス「会社概要」
- Space Seed Holdings「Space Seed Holdings Inc.」(事業紹介)
- 岐阜大学「大学概要」