宇宙服の値段はいくら?公表されている金額と、価格が桁違いになる理由

宇宙服の値段はいくら?公表されている金額と、価格が桁違いになる理由
  • 「宇宙服って、1着いくらするんだろう」
  • 「10億円って見かけたけど、本当なのかな」
  • 「服にそんな値段がつく理由が分からない」

答えを先に書きます。
JAXAが公表しているスペースシャトル用の船外活動用宇宙服は、1着1,000万ドルです。
そして金額の9割を占めるのは、服の部分ではなく背中に背負う生命維持装置でした。
「服の値段」として捉えると、構造を取り違えます。

この記事は、宇宙の科学と宇宙産業の情報を一次情報と整合させて発信するASTROWORKS編集部がまとめています。
金額はJAXAとNASAの公開資料、そしてNASA監察官室が2026年4月に公表した監査報告書(IG-26-006)の本文を直接確認したうえで書いています。

この記事で分かることは、次のとおりです。

  • 公表されている宇宙服の金額と、その内訳
  • 価格がこれほど高くなる理由
  • 1着の単価と、プログラム全体の金額の違い
  • NASAが宇宙服を買うのをやめ、サービスとして調達するようになった経緯

読み終わる頃には、金額の大きさが何を意味しているのかが、はっきり掴めます。

ほしまる

ぼくも自分の値札は知らないんだけど、宇宙で人を生かす装置の値段には理由があるんだ。数字の中身を一緒に見ていこう。

※記事の要点は、以下のスライドでもサッと確認できます。

目次

宇宙服の値段は、用途と時代で桁が変わる

公表されているのは、船外活動用の価格

「宇宙服の値段」という単一の答えはありません。
公表されている金額が、どの服のものかを先に確かめる必要があります。

公表されているのは、船外活動用の宇宙服の価格

金額が具体的に公表されているのは、船外活動で使う宇宙服です。
JAXAは、スペースシャトル用にアメリカが開発した船外活動用宇宙服(Extravehicular Mobility Unit: EMU)について、1着1,000万ドルという金額を示しています(出典: ファン!ファン!JAXA!「宇宙服の値段はいくらですか?」。以下、金額と円換算は同ページの表記によります)。

宇宙空間で船外活動用宇宙服を着て作業する様子
船外活動で使われる宇宙服(EMU)。記事で扱う1,000万ドルという金額は、このタイプの宇宙服のものです。 Credit: NASA

押さえておきたいのは、宇宙服と呼ばれるものが1種類ではないという点です。
船外活動用の宇宙服は、宇宙船の外に出て真空の中で作業するための装備です。
打ち上げや帰還のときに宇宙船の中で着る与圧服は、機体の与圧が失われた場合に備える装備で、役割も構造も違います。
訓練用の服や、船内で普段着として使う服も別物です。

同じ「宇宙服」という言葉でも、価格の前提はまったく異なります。
与圧服や訓練用の服について、1着あたりの価格を示した公的な資料は確認できませんでした。
ネット上で見かける金額を「宇宙服全般の値段」として受け取ると、話がずれます。

自動車で例えるなら、レース用マシンの製作費を「車の値段」として紹介されるようなものです。
厳密には異なりますが、用途が違えば桁が変わるという意味では近い状況です。
以下で扱う金額は、すべて船外活動用のEMUのものです。

高いのは、服そのものより生命維持装置

内訳を見ると、価格の重心がどこにあるかがはっきりします。
JAXAの記載では、宇宙服アセンブリが100万ドル(約1億円)、生命維持装置が900万ドル(約9億5,000万円)で、合わせて1,000万ドル(約10億5,000万円)です。

宇宙服本体と生命維持装置の価格比を示した図
船外活動用宇宙服の価格の内訳。体を包む宇宙服アセンブリが100万ドル、背中に背負う生命維持装置が900万ドルで、金額の9割は装置の側にあります。(図解はイメージです)

つまり、金額の9割は背中に背負う装置の側にあります。
宇宙服アセンブリは、腕部・上部胴体(Hard Upper Torso: HUT)・下部胴体・ヒータ付きグローブといった、体を包む部分の集合体です。
生命維持システムは、その背中に背負われている装置を指します。

この配分は、宇宙服という言葉から受ける印象を裏切ります。
布や素材の値段を想像して読み始めると、実際には装置代を見ていたことになるわけです。
機械設計や組み込みの仕事をしている読者なら、この構図には見覚えがあるかもしれません。
筐体より中身の制御系のほうが高い製品は、珍しくないからです。

宇宙服の価格を理解する第一歩は、「服の値段」という枠組みを外すところにあります。

ドル建ての金額と、円換算は分けて考える必要がある

ネット上で流通している「10億円」「200億円」という数字は、いずれも円換算値です。
そして円換算値は、使うレートによって動きます。

換算に使われているレートは、一律ではありません。
1億6,700万ドルの開発費については「1ドル=120円換算で約200億円」と明記されています。
1,000万ドルに対する約10億5,000万円という表記から逆算すると、1ドル105円ほどの計算です。
20,000ドルに約220万円をあてた箇所では、1ドル110円ほど。

同じページの中でもこれだけ幅があります。
円の数字だけを取り出して他の資料と突き合わせると、噛み合いません。

ドル建てを主として見るのは、円換算値が為替レートによって変わってしまうためです。
海外の一次情報を扱う産業記事では、この区別が精度を左右します。
金額の大小を比べたいときは、必ず通貨単位と時点をそろえてから並べるのが基本です。

なぜ、これほど高くなるのか

価格を押し上げる4つの要素

価格が桁違いになる理由は、4つに分解できます。
機能・数量・工程・個人対応の4点です。

宇宙服は、着るタイプの小型宇宙船に近い

宇宙服が高い最大の理由は、それが衣類ではなく有人システムだからです。
NASAは船外活動用の宇宙服を、人の形をした小型の宇宙船と表現しています(出典: NASA「Spacewalk Spacesuit Basics」)。

同ページによれば、船外活動用宇宙服が担っている機能は次のとおりです。

  • 体に必要な気圧を与え、呼吸用の酸素と飲み水を供給する
  • ファンで酸素を循環させ、宇宙飛行士が吐き出した二酸化炭素を取り除く
  • 断熱層で内部の温度を保つ(船外活動での温度は華氏マイナス250度から250度まで変動する)
  • 双方向無線で乗員や管制と通話する
  • 宇宙塵や放射線から体を守り、金を蒸着したバイザーで強い日射から目を保護する

体温調節には、液冷通気衣という下着状の装備が使われます。
細いチューブが約300フィート分織り込まれ、その中を冷却水が流れる構造です。

液冷通気衣に織り込まれた冷却チューブの模式図
体温調節に使う液冷通気衣の構造。下着状の衣類に約300フィート分の細いチューブが織り込まれ、その中を冷却水が流れます。(図解はイメージです)

柔軟な部分は、最大16層の素材を重ねて作られています。

生命維持・熱制御・通信・電源を人の体積に収めれば、価格は装置の値段に近づきます。
NASA監察官室も監査報告の中で、宇宙服は本質的に個人用の宇宙船であるという見方を示しています(出典: NASA OIG「NASA’s Acquisition of Next-Generation Spacesuit Services」IG-26-006)。

船外活動用宇宙服の主な機能を示した図
船外活動用宇宙服が担っている機能。与圧・酸素供給・二酸化炭素除去・断熱・通信・遮光までを人ひとりの体積に収めた、着るタイプの小型宇宙船といえる装備です。(図解はイメージです)
ほしまる

ぼくも生命維持のかわりに、電力と熱の管理でずっと苦労してきたんだ。宇宙で機械を生かし続けるのは、それだけ難しいんだよ。

作る数が少なく、量産で安くならない

2つ目の理由は、製造数の少なさです。
宇宙服アセンブリ(SSA)43セットと生命維持システム(LSS)13セットの製造には、1億6,700万ドルがかかりました。

数十セットという規模。
自動車や家電のように、数万台・数百万台を作って開発費を薄める前提が成り立ちません。

製造業の経験がある読者なら、この数字の重さはすぐ伝わるはずです。
金型・治具・製造ラインを立ち上げる費用は、生産数で割って初めて1個あたりの負担が下がります。
分母が43なら、立ち上げ費用はほぼそのまま単価に乗ります。

量産品と宇宙服で1個あたりの費用負担が変わることを示した図
量産品と宇宙服の分母の違い。数万台で割れる量産品と違い、数十セット規模では立ち上げ費用がほぼそのまま1着あたりの負担に乗ります。(図解はイメージです)

部品点数の多い装置ほど、少量生産の不利は積み上がります。
専用部品を作る協力会社にとっても、数十個の発注では設備投資を回収しにくいからです。
その分の費用は、当然ながら見積もりに反映されます。

宇宙服の価格は、技術的な難しさだけで決まっているわけではありません。
「作る数が少ない」という産業構造そのものが、価格を押し上げています。

値段には、認定と認証まで通す工程が含まれる

3つ目は、飛べる状態にするまでの工程です。
設計して作れば終わり、という製品ではありません。

NASAは、アルテミスIII用の宇宙服について、事業者であるAxiom Spaceの責任範囲を明示しています。
そこに含まれるのは、設計・開発・認定(qualification)・認証(certification)・製造と、支援機材までです(出典: NASA「Spacesuit for NASA’s Artemis III Moon Surface Mission Debuts」)。
認定は設計が要求性能を満たすと確かめる工程で、認証は実際の運用に使ってよいと機関が認める工程を指します。

設計から支援機材までの宇宙服開発工程を示した流れ図
事業者の責任範囲に含まれる工程。設計して作れば終わりではなく、要求性能を満たすと確かめる認定と、運用に使ってよいと認める認証を通す工程まで価格に含まれます。(図解はイメージです)

品質保証や機能安全に関わったことがあるなら、この並びは馴染み深いはずです。
厳密には異なりますが、自動車の量産承認や医療機器の認証プロセスと考え方が重なります。

工程にどれだけの費用が動いているかは、NASA側の支出からも見えます。
NASA監察官室の報告によれば、2025年12月時点で、担当プログラムは宇宙服の試験に7,900万ドル以上、事業者への技術的関与や共同作業に6,300万ドルを支出しています(出典: NASA OIG、IG-26-006)。
これは宇宙服の販売価格ではなく、発注側であるNASAが別途負担している金額です。

もっとも、この工程が価格全体の何割を占めるのかを示した資料は確認できていません。
ここで言えるのは、モノ代だけを積み上げても宇宙服の費用は説明がつかない、という点までです。

サイズも部品も、個人と長期運用に合わせて用意する

4つ目は、個人対応の部分です。
宇宙服は、既製品を1サイズ買って終わりにはなりません。

JAXAによれば、船外活動用宇宙服は各パーツごとにいくつものサイズが用意され、宇宙飛行士の体格に合わせてパーツを交換します。
そしてグローブは宇宙飛行士ごとに用意され、ひとつ20,000ドル(約220万円)します。

宇宙服のパーツ構成と、サイズ交換する部分・個人ごとに作る部分の違いを示した図
共通部品と個人合わせ部品の混在。胴体や腕部は用意されたサイズを組み合わせますが、グローブは宇宙飛行士ごとに用意され、ひとつ20,000ドルします。(図解はイメージです)

手袋だけで1台の産業用パソコンより高い、という水準です。
手の形は人によって違い、指先の感覚が作業精度を直接左右します。
共通化しにくい部分が残るのは、機能上の必然です。

ここに、共通部品と個人合わせ部品が混在する構造が生まれます。
共通部品は数をまとめられますが、個人合わせの部品は毎回作り直しに近くなります。
乗員が交代するたびに、その分の費用が発生する形です。

長期運用を前提にすれば、整備や部品交換も続きます。
宇宙服の値段は、購入した瞬間で終わる数字ではありません。

1着の値段だけでは、宇宙服にかかるお金は見えない

「1着いくら」と「全部でいくら」は別の数字です。
2つを並べると、単価という言葉の性格が見えてきます。

単価と総額を並べると、何が分かるか

この宇宙服には、性格の違う2つの金額があります。
整理すると次のようになります。

項目金額内容
宇宙服アセンブリ100万ドル体を包む部分の価格
生命維持装置900万ドル背中に背負う装置の価格
1着の合計1,000万ドル上記2つの合算
開発費1億6,700万ドルSSA43セットとLSS13セットの製造にかかった額

ここで単価から総額を計算してみます。
SSAが43セットで4,300万ドル、LSSが13セットで1億1,700万ドル、合計1億6,000万ドルです。
公表されている1億6,700万ドルと、ほぼ重なります。

この近似が示すのは、1,000万ドルという単価が純粋な製造単価ではなく、開発にかかったコスト全体をセット数で割った性格の数字だということです。
JAXAはこの1億6,700万ドルを「開発費」と書いたうえで、SSA43セットとLSS13セットの製造にかかった額として説明しています。
開発と製造が切り分けられないまま1セットあたりに均された数字と考えると、桁の大きさに納得がいきます。

宇宙服の単価とセット数から総額を計算し、公表額と比べた図
単価から総額を積み上げた計算。単価に生産セット数を掛けた合計が公表額とほぼ重なり、1,000万ドルが純粋な製造単価ではないことが分かります。(図解はイメージです)
ほしまる

「1着いくら」に見える数字も、実は開発まるごとを人数で割った顔をしていることがあるんだ。数字は、どこまでを含んでいるかで意味が変わるんだよ。

次世代宇宙服の開発は、監査の対象になっている

宇宙服の開発が費用と日程の両面で難しい領域であることは、公的な監査でも扱われています。
NASA監察官室は2026年4月20日、次世代宇宙服サービスの調達に関する監査報告(IG-26-006)を公表しました。

報告書に記載された内容のうち、費用に関わる部分を挙げます。

  • 2021年8月の過去監査時点で、NASAは宇宙服の設計・開発に4億2,000万ドル以上を支出し、2着が完成するまでに10億ドルを超える見込みだった
  • 内製での宇宙服開発には10年以上と数億ドル規模が投じられたが、方針転換の時点で飛行可能な服はできていなかった
  • 2025年12月には、次世代宇宙服向けの酸素レギュレータ開発に1,310万ドルの契約が結ばれた

日程面では、当初計画が達成できなかったと結論づけられています。
月面用は2025年11月、微小重力用は2026年4月に実証する計画でした。
2026年1月時点でAxiomは両方を2027年後半の実証に向けて作業しており、それぞれ1年半以上の遅れです。

NASAは月面着陸ミッションを2028年、ISSの運用終了を2030年としています。
なお報告書は、過去の宇宙飛行プログラムの平均的な遅れが再現された場合、実証が2031年までずれ込む可能性を試算しています。
ただし監察官室は、これを完成予定時期の予測として示したものではないと明記しています(出典: NASA OIG、IG-26-006)。

値段の意味が、モノの価格からサービスの料金に変わった

買うものが、モノからサービスへ

近年の変化は、金額そのものより「何を買うか」の側にあります。
NASAは次世代宇宙服について、購入する対象を切り替えました。

NASAは次世代宇宙服を所有せず、船外活動サービスを買う

2022年6月1日、NASAはAxiom SpaceとCollins Aerospaceを、船外活動サービス(Exploration Extravehicular Activity Services: xEVAS)の事業者に選定したと発表しました。
契約は2034年までを履行期間とし、全タスクオーダーの合計で最大35億ドルという上限が示されています。
タスクオーダーとは、数量を確定しない枠契約のもとで、案件ごとに個別発注される業務単位のことです。

そして同発表は「パートナー企業が宇宙服を所有する」と明記しています(出典: NASA「NASA Partners with Industry for New Spacewalking, Moonwalking Services」)。

宇宙服を所有する側が変わり、モノの購入からサービスの購入に切り替わったことを示した図
次世代宇宙服で変わった調達の形。宇宙服を所有するのはパートナー企業側になり、NASAは船外活動サービスを購入する立場になりました。(図解はイメージです)

NASA監察官室の2026年の報告では、この契約の現在の合計上限額は31億ドルと記載されています(出典: NASA OIG、IG-26-006)。
発表時の35億ドルと差がありますが、その理由を説明した記述は確認できていません。

注意したいのは、この仕組みが次世代宇宙服の話だという点です。
ISSで現在使われているEMUについては、NASAが引き続き運用しています。
監察官室の報告によれば、NASAはISSの運用終了か次世代宇宙服が利用可能になるまで、EMUを使い続ける計画です。

Collins Aerospaceも、既存の別契約のもとでEMUの支援を続けています(出典: NASA「NASA, Collins Aerospace xEVAS Update」)。
NASAが宇宙服を一切持たなくなったわけではありません。
新しく調達する分について、所有の形が変わったということです。

宇宙服を持つのがメーカー側だと、価格の主語が変わる

所有者がメーカー側に移ると、NASAが支払う対象は1着の値札ではなくサービス料金になります。

監察官室の報告は、この仕組みを「実質的に宇宙服を借りる形」と表現しています。
契約は確定価格・数量未確定型で、マイルストーン達成に応じて支払う形式です。

実際の発注も、この形で進みました。
2022年9月、Axiomへ月面用宇宙服の実証を含む2億2,800万ドルのタスクオーダーが出されています。
同年12月には、Collinsへ微小重力用宇宙服の設計審査までを対象とした9,700万ドルのタスクオーダーが発注されました(出典: NASA OIG、IG-26-006)。

この形式には、NASA側から見た狙いがあります。
費用が超過した場合の負担を事業者側に移し、商業市場の育成につなげるという設計です。
NASAの発表も、事業者がNASA以外の商業用途を開拓することを推奨すると書いています。

顧客が増えれば開発費の回収先が広がり、1回あたりの料金が下がる余地も生まれます。

ただし監察官室は、この戦略に無理があったとも指摘しています。
確定価格の契約は、まだ開発段階にある宇宙服の性質と噛み合わなかったという評価です。
xEVAS以前に宇宙服の商業市場が存在しなかった点も、リスクとして挙げられています。

そして2024年6月、NASAとCollinsは、同社のタスクオーダーを契約から外すことで合意しました。
Collinsが、開発日程をISSの計画に合わせられないと判断したためです。

この時点でNASAは4つのマイルストーン達成分として3,700万ドルを支払い済みで、ハードウェアは受け取っていません。
結果として、次世代宇宙服の事業者はAxiom 1社だけになりました。

ほしまる

買うのか、借りるのか。この違いは、40年働いてきたぼくから見ても、宇宙の仕事の形が変わったしるしなんだ。

船外活動サービス契約の選定からタスクオーダー発注、1社体制までの時系列図
船外活動サービス契約の経過。2022年に2社が選定されタスクオーダーが発注されましたが、2024年6月にCollinsのタスクオーダーが契約から外れ、事業者はAxiom1社になりました。(図解はイメージです)

次世代宇宙服の1着あたりの値段は、公表されていない

「では今の宇宙服はいくらなのか」という問いには、答えが出せません。
価格が公表されていないからです。

NASAがAxiom Spaceの月面用宇宙服(Axiom Extravehicular Mobility Unit: AxEMU)を紹介した資料にも、1着あたりの価格は書かれていません。
監察官室の監査報告に記載されているのも、契約の上限額とタスクオーダーの金額です。
サービスとして調達する以上、1着の値札という形の数字がそもそも作られていない可能性もあります。

ネット上には、次世代宇宙服の具体的な単価として様々な金額が流通しています。
確認した範囲の一次情報に、それらの数字の裏づけはありませんでした。
確かな根拠のない数字なので、この記事では扱いません。

分かっているのは、契約の枠組みの側です。
2022年の発表時点で最大35億ドル、2026年の監査報告時点で合計上限31億ドルという規模の契約が動いています。
その中で、実証を経てからサービスの料金が発生する構造になっています。

金額が伏せられているのは、隠されているからではありません。
売り方の形式が変わり、公開される数字の単位が変わったためです。

この価格を支えているのは、どんな技術と企業なのか

他業界の経験が接続する場所

宇宙服は、単一メーカーの製品ではありません。
価格の中身は、いくつもの技術分野の集合体です。

素材・生命維持・熱制御という、異なる産業の組み合わせ

一次情報から読み取れる範囲でも、宇宙服に必要な技術分野は広く分かれます。

  • 与圧と可動性を両立する素材と縫製(柔軟部は最大16層構成)
  • 酸素供給と二酸化炭素除去を担う生命維持装置
  • 液冷通気衣と断熱層による熱制御
  • 通信・電源・センサーを束ねるアビオニクス
  • 上部胴体や酸素タンクを作るための金属素材と加工

NASAは次世代宇宙服の開発にあたり、生命維持装置・与圧服・アビオニクスの各分野で技術を適用すると説明しています(出典: NASA「Spacesuit for NASA’s Artemis III Moon Surface Mission Debuts」)。
監察官室の報告からは、酸素レギュレータのように在庫が少なく供給リスクの高い部品が個別に発注されている状況も分かります。
NASAが鋼材やアルミの長納期材を先回りして調達し、酸素タンクや上部胴体の製造に充てているという記述もあります。

宇宙服を中心に、素材・生命維持・熱制御・アビオニクス・金属加工・調達の各分野が集まる構造を示した図
1着の宇宙服に集まる技術分野。素材と縫製、生命維持、熱制御、アビオニクス、金属加工に加え、長納期材の調達までが価格を構成しています。(図解はイメージです)

生命維持装置が価格の大半を占めるという冒頭の内訳は、この構造と地続きです。
高いのは布ではなく、人を生かし続ける機械と、それを止めないための供給網です。

宇宙服の生命維持装置に関わる機材の写真
宇宙服の生命維持装置まわりのハードウェア。価格の大半を占めているのは布ではなく、人を生かし続けるための機械です。 Credit: NASA

他業界のエンジニアの経験は、どこに接続するのか

宇宙服に必要な技術の並びを見ると、宇宙だけの特殊技能で埋まっているわけではないと分かります。

  • 熱制御は、車載バッテリーやサーバーの冷却設計と考え方が近い
  • センサーと制御ソフトは、組み込み開発の延長線上にある
  • 素材と接合の技術は、製造業の材料工学と重なる
  • 品質保証は、認定・認証という工程の考え方が自動車や医療機器の承認プロセスと近い(厳密には異なる)
  • 供給網の管理は、部品の生産中止対応を経験した人なら見覚えのある課題

もちろん、そのまま持ち込めるわけではありません。
生命に直結する装置の要求水準は高く、扱う環境条件も地上とは違います。
真空・大きな温度差・放射線という条件が加われば、設計の前提から学び直す部分が出てきます。

他業界のエンジニア経験が宇宙服のどの技術分野に接続するかを示した対応図
他業界の経験と宇宙服の技術分野の対応関係。冷却設計・組み込み・材料・品質保証・供給網管理は、そのままではないにせよ宇宙服側の課題と地続きです。(図解はイメージです)

それでも、宇宙服の値段を押し上げている要素の多くは、他業界にも存在する課題の延長にあります。
少量生産、長い認証工程、供給網の細さ。
どれも、製造業の現場では聞き慣れた話です。

宇宙業界を遠い世界として見るか、地続きの領域として見るか。
価格の内訳は、その距離感を測る材料になります。

よくある質問

宇宙服は1着いくらですか

JAXAが公表しているスペースシャトル用の船外活動用宇宙服(EMU)では、宇宙服アセンブリが100万ドル、生命維持装置が900万ドルで、合計1,000万ドルです。
円換算値は使うレートで動くため、ドル建ての数字で捉えるのが確実です。

宇宙服が高い一番の理由は何ですか

理由は主に3つあります。
価格の9割を生命維持装置が占めていること、製造数が数十セット規模で量産効果が働かないこと、そして人命に関わるため設計・開発から認定・認証・製造までが一続きの工程になることです。

NASAは宇宙服を自分で作っていないのですか

次世代宇宙服については、パートナー企業が宇宙服を所有し、NASAは船外活動サービスを購入する形を採用しました。
2022年6月にAxiom SpaceとCollins Aerospaceが選定され、2034年までを履行期間とする契約です。

ただしISSで現在使われているEMUは、引き続きNASAが運用しています。

宇宙服のグローブはなぜ高いのですか

手の形は人によって違い、指先の感覚が作業の精度を左右するため、グローブは宇宙飛行士ごとに用意されます。
共通化しにくく、そのつど作ることになるので、ひとつ20,000ドルという水準になります。

まとめ 宇宙服の値段から見えること

分かっていることを整理します。

  • JAXAが公表するスペースシャトル用EMUは1着1,000万ドルで、うち900万ドルが生命維持装置
  • グローブは宇宙飛行士ごとに用意され、ひとつ20,000ドル
  • SSA43セットとLSS13セットの製造に1億6,700万ドルがかかり、単価はこの総額と切り離せない
  • NASAは次世代宇宙服を所有せず、事業者が所有する宇宙服のサービスを買う形に切り替えた

まだ分からないことも残ります。

  • 次世代宇宙服の1着あたりの価格
  • 船外活動サービス(xEVAS)契約の合計上限が、発表時の35億ドルから31億ドルへ変わった理由
  • 次世代宇宙服の開発が最終的にいくらで着地するのか

宇宙服の値段は、人ひとりを真空の中で生かすための費用です。
人類がいずれ地球の外で長く活動するとしても、その第一歩は、体を包む小さな装置の中に人を生かし続ける技術から始まります。
1,000万ドルという数字は、その難しさをそのまま金額に置き換えたものです。

ほしまる

値段の話から、宇宙で人を生かす仕組みまで辿り着いたね。次に船外活動の映像を見るときは、背中の装置に目をやってみてほしいな。

出典

ほしまる
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