H3ロケットは、H-IIAロケットの後継として開発された日本の大型ロケットです。
第1段エンジン「LE-9」を2基か3基、固体ロケットブースタ「SRB-3」を0本・2本・4本と選んで組み合わせ、運ぶ衛星に合わせて機体の構成を変えられる設計になっています。
2023年3月の試験機1号機から2026年8月の9号機まで9回打ち上げられ、そのうち試験機1号機と8号機が失敗しました。
どちらも原因が特定され、対策が取られています。
※記事の要点は、以下のスライドでもサッと確認できます。
H3ロケットは何のために作られたのか
H3ロケットは、日本が自分の手で衛星を宇宙へ運び続けるための輸送手段です。
JAXAは、H-IIAロケットの後継機として、柔軟性・高信頼性・低価格の3つの要素を実現するロケットだと説明しています(出典:JAXA「H3ロケット」パンフレット)。
ここでいう「低価格」や「柔軟性」は、単に機体を安く作るという話ではありません。
JAXAは今後20年間を見据え、毎年6機程度を安定して打ち上げることで産業基盤を維持する運用を目指しています。
そのためには、政府の衛星だけでなく、打ち上げサービス市場から民間の商業衛星の受注が欠かせないとしています。
つまり「使ってもらえる価格と使い勝手」が、機体設計の前提に組み込まれています。
基幹ロケットという位置づけ
H3ロケットは「基幹ロケット」と呼ばれます。
宇宙政策委員会は基幹ロケットを、安全保障を中心とする政府のミッションを達成するため、国内に保持し輸送システムの自律性を確保する上で不可欠な輸送システムと定義しています(出典:JAXA H3プロジェクトチーム「H3ロケットの開発状況について」2025年3月26日。以下、開発経緯と今後の計画に関する記述は同資料によります)。
国が新しい大型ロケットを持つ理由として、同資料は2つの柱を挙げています。
- 自立性の確保。政府衛星の打ち上げ能力と、固体燃料ロケット技術を国内に持ち続けること
- 国際競争力のあるロケットと打ち上げサービス。高い信頼性と競争力のある打ち上げ価格、柔軟な顧客対応を可能にするシステムを実現すること
1つ目の「自立性」は、安全保障を中心とする政府衛星を、他国に依存することなく独力で打ち上げる能力を保持することを指しています。
打ち上げを他国に頼る状態では、相手国の都合や情勢によって、必要なときに衛星を上げられなくなる可能性が残ります。
2つ目は、その能力を維持するための条件です。
政府のミッションを土台の需要とし、民間からの受注で打ち上げ機数を確保することで、産業基盤を維持・向上させるという考え方が示されています。
機数が確保できなければ、製造設備も、それを扱う技術者も維持できません。
国の需要と民間の需要は、どちらか一方だけでは足りないという整理です。
柔軟性と高信頼性と低価格という三つの目標
3つの目標は、それぞれ具体的な中身を持っています。
柔軟性は、複数の機体形態を準備し、利用用途にあった価格・能力のロケットを提供することです。
加えてJAXAは、ロケットの組み立て工程や、衛星をロケットに搭載する射場整備期間を、H-IIAロケットから半分以下に短縮するとしています(出典:JAXA 宇宙輸送技術部門「H3ロケット 諸元・能力」)。
射場整備期間とは、機体と衛星を打ち上げ場所で組み上げ、点検を終えるまでの期間のことです。
ここが短くなれば、注文から打ち上げまでの待ち時間も短くなります。
高信頼性は、H-IIAロケットの高い打ち上げ成功率とオンタイム打ち上げ率を継承することです。
オンタイム打ち上げ率は、予定した日時どおりに打ち上げられた割合を指します。
衛星を運ぶ側にとっては、上がるかどうかと同じくらい、予定どおりに上がるかどうかが重要になります。
低価格は、H-IIAロケットからの打ち上げ価格の低減を指します。
JAXAは、固体ロケットブースタを装着しない軽量形態について、約半額を目指しているとしています。
この軽量形態は、主に低軌道の打ち上げに用いる想定です。
H-IIAからH3へ引き継がれたもの
H-IIAロケットは、2001年の試験機1号機の打ち上げ以来、日本の主力大型ロケットとして使われてきました。
最終号機となった50号機は、2025年6月29日1時33分03秒に種子島宇宙センターから打ち上げられ、温室効果ガス・水循環観測技術衛星「いぶきGW」(GOSAT-GW)を軌道へ送り届けています(出典:JAXA プレスリリース「『いぶきGW』の衛星状態について」、JAXA 宇宙輸送技術部門「H-IIAロケット50号機特設サイト」)。
H-IIAとH3では、JAXAと企業の関わり方も変わりました。
H-IIAはJAXAが開発し、2007年のF13から打ち上げ輸送サービスが始まっています。
H3は、開発の初期から民間に主体性を持たせた官民の役割分担で進められてきました。
機体の中身と形態表記の読み方
H3ロケットは、第1段、第2段、固体ロケットブースタ、衛星フェアリングという部位の組み合わせでできています。
そして「H3-22S」のような形態名は、その組み合わせをそのまま表した記号です。

H3-22Sという表記が意味するもの
H3ロケットの機体形態は「H3-abc」という形で表されます。それぞれの文字が指すものは次のとおりです(出典:JAXA 宇宙輸送技術部門「H3ロケット 諸元・能力」。以下、形態と能力に関する数値は同ページの表記によります)。
- a:第1段メインエンジン(LE-9)の機数。2基または3基
- b:固体ロケットブースタ(SRB-3)の本数。0本、2本、4本
- c:衛星フェアリングのサイズ。W(Wide)、L(Long)、S(Short)
「H3-22S」であれば、LE-9が2基、SRB-3が2本、ショートタイプのフェアリング、という意味になります。
最小形態は「H3-30S」で、主に官需ミッションへの適用が想定されています。商業ミッションには「H3-22L」「H3-24L」の適用が想定されています。

幅広い打ち上げ能力の要求に対応するために、この3つを選べる仕様にしている、というのがJAXAの説明です。
前の節で挙げた「柔軟性」は、この組み合わせのことを指しています。小さな衛星に大きすぎる機体を使えば価格が上がり、逆では運べません。形態を選べるようにすることで、その調整をしています。

ほしまるブースタを1本も付けない形態まであるんだね。それなら、離陸の力はいったいどこから出ているんだろう。
第1段エンジンLE-9と固体ロケットブースタSRB-3
離陸の推力は、第1段エンジンLE-9と固体ロケットブースタSRB-3から出ています。
LE-9は、H3ロケットのために新しく開発された第1段エンジンです。推力は1基あたり1472kNで、機体形態によって2基または3基を使い分けます。
SRB-3は、第1段の脇に取り付けて離陸時の推力を補う補助ロケットです。推力は1基あたり2158kNで、0本・2本・4本から選びます(出典:JAXA「H3ロケット」パンフレット)。
JAXAの別の資料では、同じエンジンとブースタについて、LE-9が推力150トン、SRB-3が平均推力220トンという、重量の単位に換算した表記も使われています。
どちらも同じものを指しており、1472kNが約150トン、2158kNが約220トンに相当します。
SRB-3の本数が推力に直結するため、重い衛星を高い軌道へ運ぶときほど本数が増えます。
ブースタを1本も使わない「30形態」は、3基のLE-9だけで機体を持ち上げる構成です。


第2段エンジンLE-5B-3と衛星フェアリング
第1段が燃え尽きて切り離されたあと、衛星を目的の軌道まで運ぶのが第2段です。
第2段エンジンはLE-5B-3が1基で、推力は137kNです。JAXAの別資料では推力14トンと表記されています。
第1段と比べると推力は小さい数字ですが、役割が違います。第1段は地上から大気圏を抜けるまで機体全体を持ち上げ、第2段は真空に近い高度で軌道の形を整えます。
衛星フェアリングは、打ち上げ時に衛星を覆っている、先端のカバーにあたる部位です。
大気の中を高速で上昇する間、衛星を風圧や熱から守り、その役目を終えた段階で分離されます。
H3ロケットでは、ショートタイプ(S)、ロングタイプ(L)、ワイドタイプ(W)の3種類から選べます。ワイドタイプは、新型宇宙ステーション補給機HTV-Xに対応するために新しく開発されたもので、与圧部へアクセスするための大型ドアが設けられています(出典:ファン!ファン!JAXA!「H3ロケット7号機 ミッション概要」)。
このフェアリングの内側で、衛星は直接ロケットの機体に載っているわけではありません。
間に2つの構造物が入ります。ロケット機体側から順に、衛星搭載アダプタ(PSS)と、衛星分離部(PAF)です。
PSSは、ロケット機体とPAFを結合する円錐台形の構造物です。
PAFは衛星と直接結合し、衛星を切り離す分離機構を備えています(出典:調査・安全小委員会「H3ロケット8号機打上げ失敗の原因究明に係る調査・安全小委員会 報告書」2026年7月。以下、8号機に関する記述は同報告書によります)。
この2つの部品は、8号機の失敗を考えるうえで中心になります。


どれくらいの衛星を運べるのか
機体の大きさは、全長が約63m、外径が約5.2mです。全備質量は、SRB-3を4本使いロングフェアリングを載せたH3-24L形態で574トンとされています。
打ち上げ能力は、目指す軌道によって変わります。
- 静止トランスファ軌道へ6.5トン以上
- 太陽同期軌道(500km円軌道)へ4トン以上
静止トランスファ軌道は、静止軌道へ向かう途中の楕円軌道です。ロケットはここまで衛星を運び、そこから先は衛星自身のエンジンで静止軌道へ移ります。
太陽同期軌道は、衛星が常にほぼ同じ地方時に同じ場所の上空を通る軌道で、地球観測衛星によく使われます。


静止トランスファ軌道の能力について、JAXAはもう少し細かい条件付きの数字も示しています。
静止化増速量ΔV=1500m/sの条件の軌道に向け、約2〜7トンの衛星を打ち上げられる能力がある、という表現です。
ΔV=1500m/sという条件は、そこから静止軌道に入るために衛星が自力で出す必要のある速度変化が毎秒1500mになる軌道、という意味です。同じ「静止トランスファ軌道へ何トン」という話でも、どこまでロケットが運ぶかで数字が変わるため、条件がセットで示されています。
約2〜7トンという幅は、形態の違いから生まれます。同じH3ロケットでも、LE-9が2基か3基か、SRB-3が何本かによって、運べる重さがこれだけ変わります。
試験機1号機から9号機までに何があったのか
H3ロケットは、2023年3月の試験機1号機から2026年8月の9号機まで、すべて種子島宇宙センターから打ち上げられてきました。
この間に、失敗が2回あり、機体形態は22形態から24形態、30形態へと広がりました。そして号機の番号順と、実際の打ち上げ順が一致しない時期がありました。
試験機1号機の失敗と、そこで分かったこと
最初の打ち上げは失敗に終わりました。
2023年3月7日、H3-22S形態の試験機1号機が、先進光学衛星「だいち3号」(ALOS-3)を搭載して打ち上げられました。
第1段の飛行は計画どおり進みましたが、第2段エンジンが着火しませんでした。所定の軌道に投入できる見込みがないことから、ロケットに指令破壊信号が送出され、打ち上げは失敗しています(出典:JAXA 宇宙輸送技術部門「H3ロケット これまでの実績」)。
指令破壊は、ミッションの達成が不可能になった機体を地上からの信号で破壊し、落下による被害を防ぐための措置です。
原因究明では、故障の木解析(FTA)が使われました。
FTAは、起きた事象から出発して、それにつながる因果関係を洗い出し、原因を特定する解析手法です。
この解析により、推進系コントローラ(PSC2)またはその下流の機器で想定以上の大きな電流、つまり過電流が発生し、PSC2もしくはエキサイタが損傷したことが特定されました。PSC2は第2段の推進系を制御する装置、エキサイタはエンジンの着火に関わる電気系の機器です。
JAXAは故障の原因を大きく3つのシナリオに整理しましたが、どれかひとつに絞り込みませんでした。
エキサイタと2段推進系コントローラ(PSC2)の両方に対策を行うことで、3つすべてに対処する方針を採り、2023年8月29日の第78回宇宙開発利用部会で報告しています。
どれが真犯人かを確定できなくても、候補すべてを潰せば次は飛ばせる、という進め方です。
形態とミッションが広がっていった過程
試験機2号機以降、H3ロケットは搭載するものと機体形態を段階的に広げていきました。
試験機2号機は2024年2月17日に打ち上げられ、ロケット性能確認用ペイロード(VEP-4)と2機の小型副衛星(CE-SAT-IE、TIRSAT)を搭載しました。
計画どおり飛行して機体各部の挙動が良好であることを確認したうえで、第2段の制御再突入まで実施しています。制御再突入は、役目を終えた機体を意図した場所へ落とし、宇宙にごみを残さないための操作です。
3号機は2024年7月1日、試験機と同じH3-22S形態で、先進レーダ衛星「だいち4号」(ALOS-4)を打ち上げました。
4号機は2024年11月4日にXバンド防衛通信衛星「きらめき3号」を、5号機は2025年2月2日に準天頂衛星システム「みちびき6号機」を、いずれもH3-22S形態で打ち上げています。準天頂衛星は、日本の上空のほぼ天頂付近に長時間とどまる軌道を回る測位衛星です。
形態が大きく変わったのは7号機でした。
2025年10月26日、LE-9を2基、SRB-3を4本、ワイドフェアリングを組み合わせたH3-24W形態が初めて飛び、新型宇宙ステーション補給機1号機(HTV-X1)を軌道に投入しました。
その次の8号機が、2025年12月22日に失敗します。
そして失敗後の復帰に向けた飛行として、2026年6月12日にブースタを使わない30形態の6号機が打ち上げられ、成功しました。
番号の上では6号機のほうが若いのに、打ち上げは7号機・8号機より後になっています。この順序が入れ替わった理由は、次の節で扱う8号機の対策と直接つながっています。
打ち上げ実績を一覧で見る
ここまでの9回を、打ち上げ順に並べます。機体形態は「H3-abc」の記号で、aがLE-9の機数、bがSRB-3の本数、cがフェアリングのサイズを表します。
以下の内容は、JAXAの各号機プレスリリースおよびファン!ファン!JAXA!の各号機ミッション概要ページの記載によります。
| 号機 | 打ち上げ日 | 機体形態 | 主なペイロード | 結果 |
|---|---|---|---|---|
| 試験機1号機 | 2023年3月7日 | H3-22S | 先進光学衛星「だいち3号」(ALOS-3) | 失敗 |
| 試験機2号機 | 2024年2月17日 | H3-22S | 性能確認用ペイロード(VEP-4)、CE-SAT-IE、TIRSAT | 成功 |
| 3号機 | 2024年7月1日 | H3-22S | 先進レーダ衛星「だいち4号」(ALOS-4) | 成功 |
| 4号機 | 2024年11月4日 | H3-22S | Xバンド防衛通信衛星「きらめき3号」 | 成功 |
| 5号機 | 2025年2月2日 | H3-22S | 準天頂衛星「みちびき6号機」 | 成功 |
| 7号機 | 2025年10月26日 | H3-24W | 新型宇宙ステーション補給機1号機(HTV-X1) | 成功 |
| 8号機 | 2025年12月22日 | H3-22S | 準天頂衛星「みちびき5号機」(QZS-5) | 失敗 |
| 6号機 | 2026年6月12日 | 30形態 | 性能確認用ペイロード(VEP)、小型衛星 | 成功 |
| 9号機 | 2026年8月11日 | H3-22S | 準天頂衛星「みちびき7号機」 | 成功 |



7号機の次が8号機で、そのあとに6号機が飛んでいるんだね。番号の順に並べ直すと、かえって何が起きたのか分かりにくくなるよ。
8号機の失敗では何が起きたのか
8号機の失敗は、第2段エンジンの不具合として表に現れましたが、主な原因は衛星を支える構造物の剥離であった可能性が極めて高いとされています。
その構造物はフェアリングの内側にあり、飛行中の映像を含むデータからメカニズムが特定されています。
飛行中に起きたことの時系列
8号機は2025年12月22日10時51分30秒、種子島宇宙センターから、準天頂衛星システム「みちびき5号機」(QZS-5)を搭載して打ち上げられました。
飛行は、第2段エンジンの第1回燃焼終了まで所定の経路をたどりました。
ところが、その後の第2回燃焼が正常に立ち上がらず、早期に停止します。予定した軌道にQZS-5を投入できず、打ち上げは失敗しました。
小委員会は、画像を含むデータの分析結果から、次のような評価に至っています。
衛星フェアリングの分離開始直後に、何らかの要因で衛星搭載構造が損傷し、その後の第1段・第2段分離の時点で、衛星が搭載構造の一部とともにロケットから離脱した、という評価です。
エンジンが止まる前に、運ぶはずの衛星は機体から失われていました。


原因として特定された衛星搭載アダプタの剥離
損傷したのは、衛星搭載アダプタ(PSS)でした。
PSSは、ロケット機体とPAFを結合する円錐台形の構造物です。
材料はサンドイッチパネルで、アルミハニカムのコア材を上下からCFRP製のスキンで挟んだ構造をしています。
ハニカムコアは断面が6角形のハチの巣状になった軽量な芯材、CFRPは樹脂を炭素繊維で強化した複合材料、スキンは構造物の表面を覆う外板です。軽くて強い組み合わせで、ロケットの構造材によく使われます。
問題は、この板と板をつなぎ合わせる接合部、つまりスプライスの部分で起きました。
スプライス接着工程で生じた初期の剥離が、衛星フェアリング分離時の衝撃で進展し、最終的に不安定破壊に至り得るメカニズムが示されています。
剥離とは、接合された層状の部材どうしがはがれて離れてしまうことで、この場合はハニカムコアと接着されていたCFRPスキンがはがれる現象を指します。剥離がある程度まで広がると、そこから一気に構造全体の破壊へ進みます。


小委員会は、このシナリオがその他のフライトデータとも矛盾しないことから、8号機打ち上げ失敗の主要因であった可能性が極めて高いと判断しました。
飛行中に観測されていた次の事象も、PSSの不安定破壊を起点に生じた一連の事象として説明できると判断されています。
- 第2段エンジンの第1回燃焼における低推力と、第2回燃焼の早期停止
- 衛星フェアリング内の画像に見られた白飛び
- 衛星フェアリング分離直後に見られた、衛星の多層断熱材やパネルの剥がれ
- 衛星フェアリングの分離開頭の早期検知
最初に異常として現れるのはエンジンの挙動ですが、順序としては構造の破壊が先にあり、エンジンの症状はその結果として現れていたことになります。
対策と、6号機のフライトで確かめたこと
是正対策として、2つの案が検討されました。
- 補修方式。剥離部を含むスプライス間のスキンとハニカムコアを切除し、樹脂を充填してダブラによる補修を行う。ダブラは既存の部材の上に重ねて貼り付け、局所的に強度や剛性を高める補強材
- ファスナ結合方式。4分割されたパネルを、スプライスを介してファスナ、つまりボルトで結合する
JAXAの技術的検討を踏まえ、小委員会はどちらの方式でも十分な強度余裕を確保できると判断しました。
そのうえで、当面の実用衛星などを確実に打ち上げるためには、PSSに剥離が生じるリスクを根本から排除し、安定した品質を確保できるファスナ結合方式を基本とすることが必要だと判断しています。接着をやめてボルトで留めれば、接着工程で剥離が生じる余地そのものがなくなる、という考え方です。


一方で、補修方式のPSSは30形態試験機に適用されました。
これが、6号機が7号機・8号機より後に打ち上げられた理由につながります。
30形態試験機は搭載するペイロードの質量が小さく重心も低いため、PSSにかかる荷重が標準の設計条件の3分の1程度にとどまります。そのぶん強度の余裕を大きく取れることから、必要な検査と補修を施した補修方式のPSSを載せ、追加のデータを取ることが妥当だと判断されました。
2026年6月12日、6号機は計画どおり飛行し、第2段機体を所定の軌道に投入しました。
PSSに追加された歪センサの計測では、飛行中に異常な挙動はみられず、値は許容値内に十分収まっていることが確認されています。
あわせて取得されたフェアリング分離時の衝撃、フェアリング内の圧力、フェアリング内の温度のデータからも、複合要因となりうる事象は発生していないことが確認されました。
これらにより、補修方法と、ファスナ結合方式にも共通するPSSの強度設計手法が妥当であると判断されています。
同じ原因が他の部位にも潜んでいないかを確認する水平展開も行われました。
その結果、衛星フェアリングのスプライス接着工程を除き、追加の処置や検査が必要な項目はないことが確認されています。
製造済みの衛星フェアリングはPSSと同様のプロセスで製造されており、剥離が生じている可能性があります。そのため、スプライス部全体を追加点検し、剥離がある箇所は補修を行うことが必要とされました。当面は今後製造されるすべてのフェアリングについても同様の点検を行うことが適当だとされています。
なぜ打ち上げ前に見つけられなかったのか
報告書は、この問いにも対策と同じだけの分量を割いています。
小委員会は「PSS破壊に至るCFRPスキン/アルミハニカムコア間の剥離を打上げ前に検出できなかった」ことを頂上の事象として設定し、2段階の背後要因分析を行っています。
第一段階は、H3ロケットの開発プロセスに潜在する技術的要因の分析です。
第二段階は、プロジェクトマネジメントや知識管理、リスク管理、人材・能力といった、H3ロケット開発に限定しない組織全体の視点からの分析です。
技術的な要因として抽出されたのは、次の2点でした。
- 難易度の高い新規技術を採用し、それに伴うリスクを識別してはいたが、より技術リスクが高いと考えた他の形態での試験に包含されると考え、PSSの不具合の識別に至らなかった
- PSSが認定試験で計画どおりの挙動を示したことから、試験後の非破壊検査を実施しなかった。また、供試体を別の試験に活用する必要があったことから破壊試験が計画されておらず、開発プロセスを通じて不具合を検出できなかった
認定試験は、実際の打ち上げに用いるものと同等の設計・プロセスで製造した試験用の品を使い、機能・性能の確認と寿命の実証を行う試験です。非破壊検査は、対象を壊さずに内部や表面の欠陥・剥離などを検出する検査を指します。
試験は計画どおりの結果でした。だからこそ、そのあとに内部を確かめる工程が入りませんでした。部品そのものではなく、試験のあとに何をするかという手順のほうに、すり抜ける隙間がありました。


リスク管理の面では、スプライス接着時にパネルが高温になるリスクと、その低減策としての温度管理の必要性は識別されていました。
ただし、後の工程で生じたスプライス2分割という構成変更のあとに部分的な高温化が起こる可能性については、当時の知見や検討の範囲からは抽出・評価ができていなかったとされています。
再発防止策としては、次の3点が挙げられました。
- 技術者の技術や経験則を体系的に引き出すためのチェックリストの整備
- 新規開発要素の多い開発項目への、実際の開発経験を持つ専門家の参画拡充による第三者的視点の強化
- 認定試験後の検査の確実な実施
検査には、破壊試験による余裕の確認や、非破壊検査・切断検査による内部状態の確認が含まれます。
さらに今回の内容は教訓(Lessons Learned)として、JAXA内の知識共有システムLINKS(Lessons, Intelligence and Knowledge Sharing System)に追加され、研修にも取り込まれることになりました。
小委員会は同時に、この種の見落としの難しさにも触れています。
大規模システムの開発初期段階でリスクを抽出することは、熟練の技術者であっても「未知の未知(Unknown Unknowns)」を特定する難易度が非常に高いタスクだとされています。机上検討の段階でシステム全体や製造工程全体を俯瞰して検討することには限界がある、という記述です。
「未知の未知」は、開発チームがその存在自体を認識していない技術課題やリスクを指します。



認定試験のあとに検査をするかどうか、というところまで決めごとになっているんだね。こういう判断は、いったい誰がどこで決めているんだろう。
誰がどうやって作っているのか
H3ロケットは、JAXAが単独で作っているわけでも、1社で作られているわけでもありません。
JAXAと民間企業が役割を分担し、部位ごとに担当が分かれ、それぞれの工程に設計・製造・試験・品質保証・審査の担当者がいます。
開発の初期から民間が主体性を持つ役割分担
JAXAと企業の関わり方は、機種ごとに変わってきました。
- H-IIAロケットはJAXAが開発し、2007年のF13から打ち上げ輸送サービスが始まった
- H-IIBロケットは開発初期がJAXA開発で、詳細設計の段階から民間主体に移り、2013年のF4から打ち上げ輸送サービスが始まった
- H3ロケットは、開発初期から民間に主体性を持たせた官民役割分担で進められている
H3で目指しているのは、民間企業が開発初期から参画し、H-IIAとH-IIBの経験を踏まえて開発を進めることです。
そのうえで、国際競争力のある打ち上げ輸送サービスを自立的に展開し、産業基盤を維持・発展させることだと説明されています。
この開発全体を取りまとめる主契約企業、つまりプライムコントラクタには三菱重工業が選定されています(出典:IHIエアロスペース「H3ロケット」)。


決定の通し方も、組織として定められています。
JAXAの審査会は、開発メーカによる技術審査、JAXAプロジェクト事業部門における審査、JAXA全体における経営審査という階層構造になっています。
各審査会では、プロジェクトの人員に加えて、専門技術や安全信頼性技術など多くの有識者が、異なる視点で独立して評価します。前の節で出てきた「認定試験のあとに何を確かめるか」も、こうした場で扱われる事柄です。


部位ごとに関わる企業がいる
1機のロケットは、部位ごとに担当が分かれています。
固体ロケットブースタについては、IHIエアロスペースが、JAXAならびにプライムコントラクタに選定された三菱重工業に協力し、新型固体ブースタ等の開発に参画していると公表しています。
試験の段階でも、場所と担い手が分かれています。
第1段厚肉タンクステージ燃焼試験は、2019年1月から2020年2月にかけて計8回実施されました。
第2段実機型タンクステージ燃焼試験は、2020年7月から8月にかけて計3回です。どちらも三菱重工業の田代試験場で行われました。


第1段実機型タンクステージ燃焼試験は2022年11月6日から8日にかけて、種子島宇宙センター大型ロケット発射場の第2射点で行われています(出典:JAXA 宇宙輸送技術部門「H3ロケット これまでの実績」)。
2025年3月時点では、エンジン燃焼試験が59回、ステージ燃焼試験が3回実施されたことが報告されています。
ロケット開発の仕事は、機体を設計する仕事だけではありません。
部品を作る工程、その工程が設計どおりに行われたかを確かめる検査、試験を計画して結果を評価する作業、そしてそれらを別の視点から点検する審査が、それぞれ担い手を持って並んでいます。
8号機の原因究明で問題になったのが「試験後に非破壊検査を行うかどうか」だったことは、この分業のどこが効いてくるかを具体的に示しています。
打ち上げを事業として続けるという前提
ここまでの体制は、打ち上げが続くことを前提にしています。
JAXAは今後20年間を見据え、毎年6機程度を安定して打ち上げることで産業基盤を維持する運用を目指しています。
そのためには、政府の衛星だけでなく、打ち上げサービス市場から民間の商業衛星の受注が不可欠だとしています。
開発経緯の資料でも、政府の需要を土台とし、民間の受注で打ち上げ機数を確保することで、効果的に産業基盤を維持・向上させるという考え方が示されています。
機数は、単なる実績の数字ではありません。
製造設備は使われ続けなければ維持されず、設計・製造・検査・審査に携わる人の経験も、打ち上げが続くことで積み上がります。
H3ロケットの設計に「低価格」と「柔軟性」が最初から入っているのは、商業衛星を運ぶ機会を取りにいくためです。
ロケットの形と、事業として続けられるかどうかは、同じ話の表と裏になっています。
これからのH3ロケットで進んでいること
打ち上げ回数を増やすための体制づくりと、エンジンや形態の改良が並行して進んでいます。
年7機以上を目指す製造と射場の体制
JAXAは、基幹ロケット全体で1か月間隔での連続打ち上げを実現し、H3ロケットは年間7機以上の打ち上げ機会を柔軟に提供することを目指すとしています。
ここでの間隔は、射場設備の保全期間などを除いたものです。
この7機以上は目標であって、実績ではありません。
2025年3月時点の資料では、課題として次の点が挙げられています。
- 現状は、H3ロケットを3機以上連続して1か月間隔で打ち上げられない
- H3ロケットとイプシロンSロケットを打ち上げる場合には設備の切り替え作業が発生し、打ち上げ間隔の制約になっている
- 製造面では、年間6機の打ち上げを想定して約2か月に1機の製造能力しかない
対策としては、射点系設備、射場系設備、衛星系設備、飛行安全系設備の追加整備によって、1か月間隔での連続打ち上げを実現することが挙げられています。
製造側では、製造設備や保管場所を整備し、打ち上げ頻度が少ない年度に作り貯めを行うことなどで、年間7機以上の打ち上げを可能にする計画です。
打ち上げ回数は、機体さえあれば増やせるものではなく、作る場所、置く場所、上げる場所のすべてが揃って決まります。


エンジンと形態の改良が続いている
新規開発エンジンであるLE-9は、開発の途中で技術課題に直面し、認定を2段階に分ける計画へ見直されました。
- タイプ1。試験機1号機に向けて早期に認定を完了させる仕様で、実績のある機械加工の噴射器などを使う
- タイプ2。3D造形による製造法を適用した噴射器を使い、共振領域そのものを排除する
3D造形は、金属の粉末などを層状に積み上げて部品を作る製造方法です。
共振領域は、回転数などの条件によって部品が大きく振動してしまう範囲を指します。
実際の飛行では、試験機1号機がタイプ1、試験機2号機以降はタイプ1を改良したタイプ1Aが使われています。
タイプ2は2023年度から恒久対策型として開発が進められてきました。
液体水素ターボポンプのタービン設計を改良して、エンジン性能の向上とタービン翼の振動の抑制を両立させるとともに、3D造形技術を適用する範囲を広げるなどして製品コストを低減する計画です。
ターボポンプは、燃料や酸化剤をエンジンの燃焼室へ高圧で送り込むポンプにあたります。
2025年3月時点の計画では、2025年度にエンジン燃焼試験を行って恒久対策仕様を確定し、認定試験を実施するとされていました。
その後も燃焼試験は続いています。
JAXA 宇宙輸送技術部門の試験結果ページでは、LE-9認定型エンジン燃焼試験が2026年3月27日の第1回から7月27日の第8回まで公表されています。
たとえば2026年6月20日の第4回は、計画230.0秒に対して209.8秒の燃焼となりました。
液体酸素ターボポンプの入口圧力があらかじめ設定していた下限値に達したため、計画どおり自動停止したものです。
主燃焼圧力は計画10.349MPaに対し10.359MPaで、目標に近い値が得られています。
JAXAは取得したデータの詳細評価と次回の試験準備を進めるとしています。
機体形態の側でも新しい構成が加わりました。
固体ロケットブースタを装着せず、3基のLE-9エンジンのみでリフトオフする30形態は、日本では初めての大型液体ロケットです。
2026年6月12日の6号機で、実際に飛行しました。
これから何を運ぶのか
H3ロケットがこれまでに運んできたものを並べると、担おうとしている範囲が見えてきます。
- 地球観測衛星(ALOS-3、ALOS-4)
- 防衛通信衛星(きらめき3号)
- 準天頂衛星(みちびき5号機、6号機、7号機)
- 国際宇宙ステーションへの補給機(HTV-X1)
- 性能確認用ペイロードと相乗りの小型衛星
直近では、2026年8月11日に9号機が準天頂衛星システム「みちびき7号機」を打ち上げ、計画どおり飛行して所定の軌道に投入したことが確認されています(出典:JAXA プレスリリース「H3ロケット9号機による『みちびき7号機』の打上げ結果について」)。
8号機の失敗のあと、対策を経て実用衛星の打ち上げに戻った飛行です。
観測、通信、測位、そして補給。
政府のミッションが並ぶ一方で、商業衛星の受注を広げていくことが、前の節で見た産業基盤の維持につながります。
今後どの衛星がいつ打ち上げられるかは、JAXAや関係機関の発表を待つことになります。
よくある質問
まとめ
H3ロケットについて、現時点で分かっている点を整理します。
- H-IIAロケットの後継として開発された基幹ロケットで、JAXAは柔軟性・高信頼性・低価格の3つを目標に掲げている
- LE-9の機数、SRB-3の本数、フェアリングのサイズを組み合わせる「H3-abc」の形態表記で、能力と価格を変えられる設計になっている
- 試験機1号機から9号機まで9回打ち上げられ、試験機1号機と8号機が失敗した。いずれも原因が特定され、対策が取られている
- 8号機の主要因は衛星搭載アダプタ(PSS)の剥離であった可能性が極めて高いとされており、当面はファスナ結合方式を基本とする対策が決まった
- 開発初期から民間に主体性を持たせた官民役割分担のもとで、民間が打ち上げ輸送サービスを担う構図になっている
一方で、まだ決まっていない、あるいは公表されていないこともあります。
年間7機以上という打ち上げ頻度の目標がいつ達成されるのか、タイプ2エンジンや形態の改良がどの号機から反映されるのか、商業衛星の受注がどこまで広がるのかは、これからの発表を追うことになります。
次にH3ロケットの打ち上げのニュースを見かけたら、機体形態の記号と、積んでいる衛星の組み合わせを確かめてみてください。
LE-9が何基でSRB-3が何本か、そこに何が載っているかが分かると、その1機がこのロケットのどの役割を担っているのかが見えてきます。
出典
- JAXA 宇宙輸送技術部門「H3ロケット 諸元・能力」
- JAXA 宇宙輸送技術部門「H3ロケット これまでの実績」
- JAXA「H3ロケット」パンフレット
- JAXA H3プロジェクトチーム「H3ロケットの開発状況について」(2025年3月26日・基幹ロケット開発に係る有識者検討会 資料2-1)
- 科学技術・学術審議会 研究計画・評価分科会 宇宙開発利用部会 調査・安全小委員会「H3ロケット8号機打上げ失敗の原因究明に係る調査・安全小委員会 報告書」(2026年7月16日 第65回 資料65-1)
- JAXA プレスリリース「H3ロケット試験機1号機の打上げ結果について」
- JAXA プレスリリース「H3ロケット試験機2号機の打上げ結果について」
- JAXA プレスリリース「H3ロケット3号機による先進レーダ衛星『だいち4号』(ALOS-4)の打上げ結果について」
- JAXA プレスリリース「H3ロケット4号機による『きらめき3号』の打上げ結果について」
- JAXA プレスリリース「H3ロケット5号機による『みちびき6号機』の打上げ結果について」
- JAXA プレスリリース「H3ロケット7号機によるHTV-X1の打上げ結果について」
- JAXA プレスリリース「H3ロケット8号機の打上げ失敗及び対策本部の設置について」
- JAXA プレスリリース「H3ロケット6号機(30形態試験機)の打上げ結果について」
- JAXA プレスリリース「H3ロケット9号機による『みちびき7号機』の打上げ結果について」
- JAXA プレスリリース「温室効果ガス・水循環観測技術衛星『いぶきGW』(GOSAT-GW)の衛星状態について」
- JAXA 宇宙輸送技術部門「H-IIAロケット50号機特設サイト」
- ファン!ファン!JAXA!「H3ロケット7号機 ミッション概要」
- ファン!ファン!JAXA!「H3ロケット4号機 ミッション概要」
- ファン!ファン!JAXA!「みちびき6号機×H3ロケット5号機 ミッション概要」
- ファン!ファン!JAXA!「H3ロケット6号機 ミッション概要」
- ファン!ファン!JAXA!「みちびき5号機×H3ロケット8号機 ミッション概要」
- ファン!ファン!JAXA!「みちびき7号機×H3ロケット9号機 ミッション概要」
- IHIエアロスペース「H3ロケット」
- JAXA 宇宙輸送技術部門「第4回 H3ロケット用LE-9認定型エンジン燃焼試験結果」
- JAXA 宇宙輸送技術部門「LE-9 燃焼試験」



