スペースシャトルとは?30年135回の飛行と2つの事故が残したもの

スペースシャトルとは?30年135回の飛行と2つの事故が残したもの

スペースシャトルは、NASAが開発した再使用型の有人宇宙船です。
1981年4月12日の初打上げから2011年7月21日の最終着陸までの30年間で、135回のミッションを飛びました(出典:NASA「Space Shuttle」)。
人と荷物を一緒に宇宙へ運び、人工衛星の打上げや修理、国際宇宙ステーション(ISS)の建設を担った機体です。

一方で、1986年と2003年に2度の事故が起き、合わせて14人の宇宙飛行士が亡くなりました。
ISSの組み立てが終わったら退役させることは、2004年に米国が示した宇宙探査の方針に盛り込まれていました。
ここからは、機体の仕組み、2つの事故の経緯、退役とその後の有人宇宙船の順に説明します。

※記事の要点は、以下のスライドでもサッと確認できます。

白い煙を噴き出しながら発射台から上昇するスペースシャトル
発射台から垂直に打ち上がるスペースシャトル。打上げはロケットと同じく垂直に上がり、帰るときは飛行機のように着陸しました。 Credit: NASA
目次

スペースシャトルは何をした宇宙船だったのか

スペースシャトルは、人と荷物を宇宙へ運んで地上へ戻り、同じ機体をまた飛ばした宇宙船です。
30年間の運用で、衛星の打上げや修理、ISSの建設を行いました。

人と貨物を運んで何度も使える宇宙船

多くのロケットは、一度打ち上げると機体を使い捨てます。
スペースシャトルはこの点が違い、JAXAは「NASAが開発した世界初の再使用型宇宙機」と説明しています(出典:JAXA 有人宇宙技術部門「スペースシャトル(運用終了)」。以下、機体の数値は同ページの表記によります)。
宇宙機は、宇宙を飛ぶ機体をまとめて指す言葉です。
打上げはロケットと同じく垂直に上がり、帰るときは飛行機のように着陸します。

乗れるのは最大7人のクルーです。
クルーと一緒に積むのがペイロードで、宇宙へ運ぶ荷物を指します。
人工衛星や実験装置などがこれにあたります。
人と荷物を同じ機体で運べることが、シャトルの大きな特徴でした。

飛行した高度は約185〜643kmです。
機体の全長は56.1mで、打上げ時の全重量はペイロードを含めて約2,041tありました。
この全重量には、後で説明する燃料タンクとブースタも含まれています。

1981年から2011年まで飛んだ5機のオービター

スペースシャトルのうち、人が乗って宇宙を往復する翼の付いた機体を「オービタ」と呼びます。
宇宙を飛んだオービタは、コロンビア、チャレンジャー、ディスカバリー、アトランティス、エンデバーの5機です(出典:NASA「Space Shuttle」)。

最初に飛んだのはコロンビアで、1981年4月12日の初飛行はSTS-1と呼ばれます。
シャトルのミッションには、このように「STS-」で始まる番号が付けられていました。
5機のうちチャレンジャーとコロンビアは、のちの事故で失われています。

最後のミッションはSTS-135です。
2011年7月21日、アトランティスがフロリダ州にあるNASAのケネディ宇宙センターに着陸し、12日18時間28分のミッションを終えました(出典:NASA History「10 Years Ago: STS-135, the Space Shuttle’s Grand Finale」)。
ケネディ宇宙センターはシャトルの本拠地で、アトランティスは出発した場所に戻って30年の運用を締めくくった形です。

滑走路に着陸したスペースシャトル・アトランティス
2011年7月21日、ケネディ宇宙センターに着陸したアトランティス。STS-135で12日18時間28分のミッションを終え、シャトルの30年の運用を締めくくりました。 Credit: NASA

衛星の打上げや修理と国際宇宙ステーションの建設

NASAは、シャトルの30年の仕事を次のようにまとめています。

  • 人を繰り返し地球を回る軌道へ運んだ
  • 人工衛星を打ち上げ、回収し、修理した
  • 最先端の研究を行った
  • 宇宙で最大の構造物であるISSを建設した

荷物を積む貨物室とクルーが同じ機体にいるため、衛星を宇宙で放出するだけでなく、軌道上の衛星を回収したり、その場で修理したりできました。
片道で荷物を届ける使い捨てのロケットにはない使い方です。

ISSは、地上から約400km上空を回る有人の研究施設です。
大きな部品を宇宙へ運び、宇宙飛行士がその場で組み立てる作業が必要で、シャトルはその運搬と組み立ての両方を担いました。
このISSの完成が、後で触れる退役の時期とも結びついています。

ほしまる

人も荷物も乗せて飛行機みたいに帰ってくるなら、打上げのときの大きなタンクやロケットはどこへ行ったんだろう?

3つの部品はどう分担して宇宙へ行き帰ったのか

打上げから着陸までの流れ

スペースシャトルは、オービタ、外部燃料タンク、固体ロケットブースタの3種類の部品を組み合わせて打ち上げました。
宇宙まで行って帰ってくるのはオービタだけで、ほかの部品は途中で切り離されます。

オービタと外部燃料タンクと固体ロケットブースタの役割

3つの部品の役割は次のとおりです(出典:JAXA 有人宇宙技術部門「スペースシャトル(運用終了)」)。

部品役割打上げ後の扱い
オービタクルーが乗り、ペイロードを積む軌道で任務を行い、地上へ着陸する
外部燃料タンク(ET)オービタのメインエンジンのための燃料を積む打上げから8.5分後に切り離され、分解されて落下する
固体ロケットブースタ(SRB)打上げ後約2分間の推力のほとんどを担う切り離されたあと回収される

推力は、機体を押し上げる力のことです。
オービタのお尻にはメインエンジンが付いていますが、その燃料はオービタの中ではなく、腹側に抱えた大きな外部燃料タンクに入っていました。

中央の外部燃料タンクにオービタと左右2本の固体ロケットブースタが取り付けられたスペースシャトルの側面図
打上げ時のスペースシャトルの構成。クルーとペイロードを載せるオービタが外部燃料タンクの腹側に付き、タンクの左右に固体ロケットブースタが1本ずつ付いています。オービタのメインエンジンの燃料は外部燃料タンクに入っていました。(図解はイメージです)

固体ロケットブースタは、固めた燃料を燃やすロケットで、左右に1本ずつ取り付けられていました。
打上げ直後の重い機体を持ち上げる力の大部分は、このブースタが出していたことになります。

打上げから着陸までの流れ

最初の段階は打上げ直後です。
メインエンジンと固体ロケットブースタが一緒に燃え、打上げ後約2分間は推力のほとんどをブースタが担います。
役目を終えたブースタは機体から切り離されます。

次の段階では、オービタのメインエンジンが外部燃料タンクの燃料を使って加速を続けます。
打上げから8.5分後、空になった外部燃料タンクがオービタから切り離されます。
ここから先、宇宙にいるのはオービタだけです。

オービタは軌道上で、衛星の放出や修理、ISSの組み立て、実験などの任務を行います。
任務を終えると大気圏に再び突入します。
これを再突入と呼びます。

打上げ、ブースタ分離、タンク分離、軌道上任務、再突入、着陸の6段階を弧状に並べた図
打上げから着陸までの流れ。打上げ後約2分間は推力のほとんどを固体ロケットブースタが担い、役目を終えると切り離されます。打上げから8.5分後に外部燃料タンクが切り離され、その後はオービタだけが軌道上で任務を行い、再突入を経て着陸します。(図解はイメージです)

猛烈な速さで空気の層に入るため、機体の表面は高温にさらされます。
大気の中を降りてきたオービタは、最後は飛行機のように着陸します。

この「打上げ」と「再突入」の2つの場面は、後で説明する2つの事故にそれぞれ関わってきます。

何度も使う部分と使い捨てる部分

JAXAの説明では、着陸したオービタと回収した固体ロケットブースタは、地上で整備して再び使いました。
外部燃料タンクは、オービタから切り離されたあと分解されて落下します。
つまり、スペースシャトルは機体のすべてを再使用する宇宙船ではありませんでした。

整理すると、3つの部品の扱いは次のように分かれます。

  • オービタは着陸後に整備して、次の飛行に使う
  • 固体ロケットブースタは回収して整備し、再使用する
  • 外部燃料タンクは毎回使い捨てる

「再使用型」という言葉からは、飛行機のように燃料を入れればすぐ次に飛べる姿を思い浮かべるかもしれません。
実際には、帰ってきた部品を地上で整備する工程があり、毎回新しい外部燃料タンクも必要でした。
この点は、後で触れる運用コストの話の前提になります。

整備施設の作業台に囲まれたスペースシャトルのオービタ
着陸後のオービタを地上で整備する施設の様子。シャトルは帰ってきた部品を整備してから次の飛行に使っていました。 Credit: NASA

2つの事故では何が起きたのか

2つの事故で何が起きたのか

スペースシャトルは、1986年のチャレンジャー事故と2003年のコロンビア事故で2機を失い、それぞれ7人の宇宙飛行士が亡くなりました。
チャレンジャーは打上げの途中で、コロンビアは帰還の途中で失われています。
原因は、それぞれの事故を調べた委員会の報告書が示しています。

チャレンジャー事故は打上げ73秒後に起きた

1986年1月28日、STS-51Lミッションのチャレンジャーは、打上げから73秒後に失われました(出典:NASA History「The Challenger STS-51L Accident」)。
パイロット、航空宇宙エンジニア、科学者を含む7人のクルーが亡くなっています。
クルーの中には、「Teacher in Space(宇宙に行く教師)」計画で搭乗したクリスタ・マコーリフさんもいました。

事故の原因を調べたのは、大統領が設けた委員会で、委員長の名前からロジャース委員会と呼ばれます。
委員会は、右側の固体ロケットモーターの後部フィールドジョイントで、圧力シールが壊れたことを事故の原因と結論づけました(出典:Report of the Presidential Commission on the Space Shuttle Challenger Accident, Vol.1 Ch.4)。

固体ロケットモーターは、固体ロケットブースタの中で燃料を燃やす部分です。
いくつかの筒をつないで作られており、そのつなぎ目をフィールドジョイントと呼びます。
圧力シールは、燃焼中の高温のガスがつなぎ目から漏れないように塞ぐ部品です。

報告書によると、つなぎ目から漏れ出した燃焼ガスが外部燃料タンクを弱らせるか突き破り、機体の分解につながりました。
委員会は、この失敗の背景に、いくつもの要因に「許容できないほど敏感な」欠陥のある設計があったとしています。
挙げられた要因は、温度、部品の寸法、材料の性質、再使用による影響、組み立てなどの処理、つなぎ目に動的にかかる力の受け止め方です。

固体ロケットブースタのつなぎ目を拡大し、圧力シールの隙間から燃焼ガスが漏れる様子を示した模式図
ロジャース委員会が事故の原因とした箇所の模式図。固体ロケットブースタは筒をつないで作られており、右側のブースタ後部のつなぎ目(フィールドジョイント)で圧力シールが壊れ、漏れ出した燃焼ガスが外部燃料タンクを弱らせるか突き破りました。(図解はイメージです)

温度については、打上げ時の気温が約2℃で、それまでで最も寒かった打上げより約8℃低かったことが、報告書の調査結果に記されています。

コロンビア事故は帰還の16分前に起きた

STS-107は2003年1月16日に打ち上げられました。
シャトル計画全体で113回目、コロンビアにとっては28回目の飛行です(出典:NASA「STS-107」)。
約2週間の任務を終えた2003年2月1日、コロンビアはテキサス州東部の上空で再突入中に失われました。
ケネディ宇宙センターへの着陸予定時刻の16分前のことで、7人のクルーが亡くなっています。

原因を調べたのは、コロンビア号事故調査委員会(CAIB)です。
報告書は、事故の物理的な原因を段階を追って示しています(出典:Columbia Accident Investigation Board Report Vol.1)。

最初の出来事は打上げ時に起きていました。
打上げから81.7秒後、外部燃料タンクの表面を覆う断熱材のかけらがはがれ落ち、左翼の前縁に当たりました。
前縁は翼の先頭の縁で、当たったのは強化炭素複合材(RCC)のパネル8番の下半分付近です。
RCCは、再突入の熱に耐えるために翼の前縁に使われていた耐熱材料です。

この衝突で、機体を熱から守る熱防護システムに穴があきました。
打上げ時の損傷は、その場では機体を壊さず、問題が表に出たのは帰りの再突入のときでした。
再突入中、穴から高温の空気が翼の内部に入り込み、左翼のアルミニウムの構造を少しずつ溶かしました。
弱った翼は、大気が濃くなるにつれて強まる空気の力に耐えられなくなり、機体が分解しました。

外部燃料タンクからはがれた断熱材がオービタの左翼前縁に当たる様子を示した模式図
コロンビア号事故調査委員会が示した物理的な原因の模式図。打上げから81.7秒後、外部燃料タンクの断熱材のかけらがはがれ、左翼前縁の強化炭素複合材(RCC)パネル8番の下半分付近に当たりました。この穴から再突入中に高温の空気が翼の内部へ入り込みました。(図解はイメージです)

調査が指摘したのは部品の不具合だけではなかった

CAIBの報告書は、断熱材の衝突という物理的な原因と同じ重みで、組織の問題を事故の原因として扱っています。
報告書は、NASAの組織文化が、この事故に断熱材と同じくらい関わっていたという見方を示しました。

報告書によれば、組織面の原因は、シャトル計画の歴史と文化に根ざしたものです。
計画の承認を得るために当初から受け入れてきた妥協や、政治的・予算的な事情、時期によって変わる優先順位といった、長い期間にわたる要因が検討されています。
打上げ後、断熱材の衝突で機体が傷ついていないかを確かめるため、追加の画像を得ようとしたNASAのエンジニアがいたことと、管理側がその動きにどう対応したかも、報告書の一章を使って詳しく記録されています。

チャレンジャー事故の報告書が設計の欠陥を中心に原因を示したのに対し、CAIBは部品と組織の両面から事故を説明しました。
報告書は、組織文化に大きな構造的変化を加えなければNASAは成功できない、とも述べています。

なぜ2011年に退役したのか

なぜ2011年に退役したのか

スペースシャトルの退役は、2004年1月に米国大統領が示した宇宙探査の方針で、ISSの組み立てが終わったあとと定められました。
2011年7月のSTS-135で、その方針どおり運用が終わっています。
運用コストについてはNASAの技術資料に推計があり、これは方針とは別のデータとして紹介します。

2004年の方針でISS完成後の退役が決まった

2004年1月14日、ブッシュ大統領は「宇宙探査ビジョン」を発表しました(出典:NASA「The Vision for Space Exploration」)。
この方針は、シャトルについて次の3点を示しています。

  • コロンビア号事故調査委員会の勧告に沿って、できるだけ早く飛行を再開する
  • シャトルの使い道を、ISSの組み立てを完了させることに集中させる
  • ISSの組み立てが終わりしだい退役させ、その時期は2000年代の終わりを予定する

同じ方針には、2020年までに人類を再び月へ送り、火星などへの有人探査に備えることも含まれていました。
シャトル退役後は、ISSへの乗員の輸送を別の手段で確保することも書かれています。

実際の最終飛行は予定より少し後の2011年7月になりました。
このSTS-135によって、ISSの組み立て完了後にシャトルを退役させるという目標が達成されました(出典:NASA History「10 Years Ago: STS-135, the Space Shuttle’s Grand Finale」)。

再使用しても下がりきらなかった運用コスト

シャトルの運用にかかった費用や打上げ頻度については、NASAの技術資料に推計があります。
費用は複数の情報源から推計した値で、公式の決算額ではありません。
数値は次のとおりです(出典:NASA「Launch Vehicle Reusability in NASA Crewed Spaceflight」)。

項目資料の値
低軌道へ運べるペイロード27,500kg
1回の飛行あたりの平均費用14億ドル
低軌道へ1kgを運ぶ実際の費用約43,650ドル
打上げ頻度の最大年9回
打上げ頻度の平均年約4.5回
可動部品の数約250万点

低軌道は、地球に比較的近い高さを回る軌道のことです。
可動部品は、バルブや弁、可動式の翼面のように、動いて働く部品を指します。

前の章で見たとおり、シャトルはオービタと固体ロケットブースタを整備して再び使う一方、外部燃料タンクは毎回使い捨てていました。
再使用する部分があっても、1回の飛行の平均費用は14億ドルという推計になります。
打上げは最も多い年でも年9回で、平均すると年に4〜5回ほどでした。

ただし、こうした費用が退役を決めた理由だと、2004年の方針が述べているわけではありません。
方針に書かれた退役の条件は、ISSの組み立て完了です。

ほしまる

シャトルがいなくなったあと、ISSにいる宇宙飛行士たちは、どの乗り物で地球と行き来したんだろう?

シャトルのあとに人を運んだ宇宙船

シャトルが退役したあと、NASAは宇宙飛行士の輸送をロシアの宇宙船ソユーズだけに頼るようになりました(出典:NASA Office of Inspector General「Unlocking the Future Space Economy Through NASA’s Commercial Crew and Cargo Transportation Programs」)。
NASA監察総監室によると、支払った額は1席あたり最大9,000万ドルにのぼります。

その代わりとなる輸送手段として、NASAは民間企業に有人宇宙船を開発させる商業乗員輸送プログラムを進めました。
2014年、NASAはこのプログラムの契約をSpaceXとボーイングに与えています。
SpaceXの宇宙船クルードラゴンは、2020年に人を乗せて飛ぶための認定を受けました。

2020年5月31日、クルードラゴンはISSに到着し、ダグラス・ハーリー飛行士とロバート・ベンケン飛行士が乗り込みました(出典:NASA History「10 Years Ago: STS-135, the Space Shuttle’s Grand Finale」)。
このときのクルードラゴンには「エンデバー」という名前が付けられていました。
退役したシャトルの1機と同じ名前で、ISSへの有人輸送はこうして次の世代の宇宙船へ引き継がれました。

スペースシャトル、ソユーズ、クルードラゴンの順にISSへの有人輸送が引き継がれたことを示す年表図
ISSへ宇宙飛行士を運んだ宇宙船の移り変わり。2011年のシャトル退役後、NASAはロシアのソユーズだけに頼るようになり、2020年5月31日にはSpaceXのクルードラゴンがISSに到着しました。(図解はイメージです)

よくある質問

退役したスペースシャトルの実機は見られますか?

アトランティスは、フロリダ州のケネディ宇宙センター・ビジター・コンプレックスで展示されています(出典:Kennedy Space Center Visitor Complex「スペースシャトル・アトランティス」)。
同じ施設には、チャレンジャーとコロンビアのクルーを追悼する展示「永遠に忘れられない」もあります。

日本人宇宙飛行士もスペースシャトルに乗ったのですか?

乗っています。
たとえば毛利衛さんは、1992年にエンデバーでSTS-47に搭乗し、軌道上で43の実験を行いました(出典:JAXA 有人宇宙技術部門「毛利 衛 宇宙飛行士」)。
2000年にはSTS-99で再びエンデバーに乗り、レーダーを使った地球観測のミッションに参加しています。

まとめ

スペースシャトルの要点は次のとおりです。

  • NASAの再使用型の有人宇宙船で、1981年から2011年までの30年間に135回のミッションを飛び、衛星の打上げや修理、ISSの建設を担った
  • 再使用したのはオービタと固体ロケットブースタで、外部燃料タンクは毎回使い捨てていた
  • 1986年のチャレンジャー事故と2003年のコロンビア事故で14人が亡くなり、コロンビアの調査は部品の損傷と組織文化の両方を原因に挙げた
  • ISS完成後の退役は2004年の宇宙探査ビジョンで定められ、ISSへの有人輸送はソユーズを経てクルードラゴンなどの新しい宇宙船へ移った

シャトルが建設したISSでは、いまも宇宙飛行士が暮らし、実験を続けています。
いまの有人宇宙船がどう人を運んでいるのか、そして月を再び目指すアルテミス計画が何をしようとしているのかを知ると、シャトルの30年がどこへつながったのかが見えやすくなります。

スペースシャトルは、人を宇宙へ運び、また地上へ連れ帰ることを、30年にわたって繰り返した宇宙船でした。
いつか人類は、港と港を結ぶ定期便のように、星と星のあいだを行き来するようになるのかもしれません。
ASTROWORKSは「人類が地球の寿命を超え、宇宙のどこかで存在し続ける未来へ」という言葉を出発点にしています。
ただ、その往来はまだ始まったばかりです。
打上げ73秒後の事故があり、帰還16分前の事故がありました。
そのたびに原因が調べられ、部品と組織の両方が問い直されてきました。
135回の往復と2つの喪失から得られた記録は、次の世代の宇宙船が航路を引くための、最初の海図になっています。

出典

ほしまる
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